大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(う)662号 判決

被告人 櫛木健作

〔抄 録〕

所論は、被告人について五〇件の窃盗を送検するとの捜査方針に固執する捜査警察官が、被告人に対し「五〇件くらい出せば捜査を終りにしてやる。」「事件が区検から地検に行くことはないから安心しろ。」などと利益の約束ともいえる方法によって説得を繰返したので、当時病弱であった被告人は、これに迎合して不本意にも虚偽の自白をしてしまったものであると主張するのであるが、原審記録なかんずく原審証人新井俊夫の原審公判廷における供述、司法警察員作成の「窃盗被疑者の捜査状況について」と題する書面などによれば、被告人は昭和五二年一一月一二日午前零時五分原判示第一の事実により埼玉県戸田市氷川町二丁目一二番七号所在京葉流通倉庫株式会社事務所内で現行犯逮捕され、以後所轄の蕨警察署がその捜査を担当し、同署は被告人の身柄を同県上尾警察署に勾留したうえ司法警察員新井俊夫を中心にして捜査を実施し、被告人が当時無職でそれ以前の就労状況もはっきりしなかったことなどから余罪があると判断して、この点について被告人を取調べたところ、原判示第二、別紙犯罪一覧表(一)の事実のうち番号3、6、次いで7の各犯行を自供したので、同年一一月一六日及び同月二二日の二日間順次犯行現場に臨場していわゆる引当たりを行い、その後引続き行われた取調べの過程で、被告人は原判示の各犯行を含め一〇〇件近い余罪を次々と自供するに至ったが、この間、前記新井が被告人に対し事件が区検察庁に送致されることを説明し、或いは犯行の全てを打明けるように説得するなどしたことはあったが、所論主張のように件数として五〇件を目標にしたり、これに限定したことはなく、また特段の利益約束などをしたこともなかったこと、担当警察官は右の一〇〇件近い自供について同月二五日ごろから昭和五三年三月三日ごろまでの間にそれぞれ引当たりを行い、被害場所が確認できなかったものや裏付けが取れないものなどを除き確実な事件を区検察庁に送致するなど真実追及という基本的態度で慎重に捜査を行ってきたことが認められる。もっとも、原審記録によると、被告人は浦和簡易裁判所の第一回公判において、昭和五二年一一月二一日付起訴事実(原判示第一の事実)及び同年一二月二八日付起訴事実(同第二、別紙犯罪一覧表(一)の七個の事実)についてこれを認め、更に第二回公判において、昭和五三年一月三一日付起訴事実(同第三、同犯罪一覧表(二)の四個の事実)及び同年二月二〇日付起訴事実(同第四、同犯罪一覧表(三)の三個の事実)についてもこれを認める旨陳述し、さらに同簡易裁判所により同年三月一六日付起訴事実(同第五、同犯罪一覧表(四)の一一個の事実)及び同月二四日付起訴事実(同第六、同犯罪一覧表(五)の一一個の事実)についても併合審理が予定されていたが、同月三一日原判示第七の事実が原審浦和地方裁判所に起訴されたため、同裁判所が審判併合決定をして全事件を審理することになったところ、被告人はその第一回公判において、従前の陳述を覆して前叙の自認の四件を除きその余を全て否認するに至ったことが認められ、この点について被告人は、警察官が事件は区検察庁で処理し地方検察庁に回さないし簡易裁判所では事実がいくつあっても刑は変らないと言うので虚偽の自白をしたにもかかわらず最後の事件が地方裁判所に起訴されたので陳述を変更したかのように供述するものの、これまで窃盗罪等により四回の裁判の受けた経験のある被告人が、四件の窃盗犯行の場合に比べて明らかに不利な刑を科せられる危険があるのに、警察官の右のような言を信じて一〇〇件近くの窃盗を行った旨あえて虚偽の自白をしたというのは、いかにも不自然でこの供述部分はたやすく採用できないし、また被告人が突如否認の挙に出たことをもって所論主張の約束があったことの証左とすることもできない。所論は結局採用するに由ない。

所論はまた、引当たりに際して捜査警察官は、現場での聞込みや被害届などを基にして被告人を被害現場まで連れて行き、或いは被害者名、被害年月日、被害場所、被害金品、犯行手口の要点などが記載されている窃盗事件受理簿又はこれを写したノートを事前に被告人に示し若しくは被告人の目に触れる所に置くなどして被告人に被害場所を指示させ、被告人はこれら強引な誘導に応じて虚偽の自白をしたものであると主張するが、原審記録なかんずく前掲新井俊夫の原審証言及び「窃盗被疑者の捜査状況について」と題する書面、それに原審証人田沼春雄の原審公判廷における供述などによれば、本件自白に至る過程は、概ね、被告人が蕨警察署における取調べに際して、例えば「本年八月ころの午後八時ころ東京都豊島区西巣鴨の学校の近くのアパート二階の部屋で現金二万円を盗んだことがあり、後日その場所に案内する。」などと大まかな自供をすることから始まり、次いで担当警察官が被告人を連れて警察自動車で現場方面へ向い、被告人に犯行場所を探させて自発的にこれを指示させるという方法によって引当たりを行い、ときに引当たりの現場で被告人が別の犯行もあると言ってその場所を指示するなどし、しかるのち自白調書を作成し、最後に検察官が取調べをして同じく自白調書を作成するというものであって、その間所論主張のような誘導を必要とする事情も、従ってそのような誘導があったことも認められず、これに加えて、原判決が詳細に説示するとおり(ただし、犯罪一覧表(一)の番号2及び同(五)の番号2の各事実に関する説示部分を除く。)、被告人は検察官に対し被害届、実況見分調書等の捜査書類に全く記載のない新事実を数多く供述し、或いは警察段階の供述を一部訂正ないし変更し、しかもそれらが客観的状況と一致していること、前叙のとおり被告人が一〇〇件近くもの事実について虚偽の自白をし、それが偶々被害届に合致するということの不自然さを考慮すると、被告人の自白は十分信用するに値いする。もっとも前掲各証拠によれば、右の引当たりの際被告人が犯行場所の指示に手間取ったことが少なくなく、あるときは被告人案内の場所に全く被害がなかったこともあるが、これは犯行場所の多くが東京都区内の人家密集地域のアパートであったため道路が入り組んでいたり、付近に同じようなアパートがあるなど紛らわしい状況が存したことや、被告人が記憶違いをし、ときには故意に間違ったと認められる場所を指示したことなどに基因するものであり、さらに、ある場合には被害場所の特定が警察官の聞込みによってなされたことがあるが、これもその場所付近までは被告人が自発的に案内し、特定の段階で被告人がよく思い出せないと言うので警察官が聞込みをしたというものに過ぎず、また被告人が東京都区内の巣鴨、駒込、池袋、大崎、板橋、目白、赤羽、高輪など各警察署管内における犯行を各一件以上自供したあと、担当警察官が、右各警察署管内に同種手口の別事件がないかどうかを知るために当該警察署の窃盗事件受理簿の記載をノートに写し、引当たりの際何回かこれを携行したことがあったことが認められるところ、この点に関して被告人は、右ノートの記載を見て犯行場所を指示した旨供述するが、それによっても被告人はそのノートをのぞき見したという程度に過ぎないのに被告人の指示内容は相当程度に具体的であるのはむしろ不合理であり、なお右の供述はノートの記載が存在しない段階での自供については有効な説明にならないことも明らかであって、被告人の右供述部分は全体として採用することができず、さらに被告人は、自ら検察官に対し被害品や被害場所の状況等についての新事実を供述するなどした点について、検察官は取調べ前に被害者から事情を聴取してその点の知識を有していたなどと弁解するが、検察官の各被害者に対する電話聴取書の記載とくにその日時によれば、検察官は被告人に対する取調べ後に各被害者から裏付けを聴取していることが認められるから、右弁解も採用の限りでない。この点の所論も理由がない。

その他所論は、被告人の自白が虚偽のものである理由として、自白調書によっては被害現金の使途、被害品の行方が十分に把握できないと主張するが、原判決説示のとおり、被告人は逮捕直後の取調べ以来その犯行の動機、窃取金品の使途などについて繰返し供述しそれによって右状況は明らかであり、その供述内容には自白の信用性を損なうような事情を認め難いから、この点の所論も採用できない。

(千葉 神田 中野)

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